2007年10月21日
地震ってなんだろう?(2)
みなさん、こんつわ!
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EGISIと申します
。
前回からはじまったこの「地震ってなんだろう?」シリーズですが、まずその導入編として、今まで、この地震大国日本でどう人々は地震と歴史的に対応してきたかを紹介したいと思います
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そこまで科学が発達していなかった昔の人々が、どう地震(ゆれ)を追求(注視)してきたかに同化することで、きっと見えてくれるものがあると思います
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その前にいつものポチッとお願いします。
世界中の地震活動の約10%が集中する日本。
そんな過酷な外圧状況の中、新しい超高層(100mクラス)ビルがズンズク
建てられています。なんとその数500棟以上!。
なにを隠そうこの技術、飛鳥時代以来の木造建築にヒントがあるのです。地震の激しい揺れをしなやかに受け、柔らかく受け流すこの超高層の免震・制震技術の原点について、奈良の法隆寺「五重塔」を事例に考えて見ましょう!。
五重塔は約1400年の長い歴史を持つ、日本を代表する木造建築です。1993年には日本初の世界文化遺産にも登録され世界最古の木造建築群でもあります。
世界最古→1400年。どうやってこの長い時間
を地震に耐えてきたのでしょうか?。
その理由は「積み上げ構造」という建築工法であるといわれています。
つまり五重塔を建てる場合、各層ごとに軸部や軒を組にあげ、それらを鉛筆
のキャップを重ねるように順番に積み上げていきます。そして、それぞれの部材は主に木材同士の特殊な切込みによって接合し、あそびを設けた「柔構造」を形成します。この柔構造は、RC造の完全に柱や梁を一体化した「剛構造」と違い、地震が起きても各層が互い違いに振動し「ゆれ」を吸収していきます。そして塔内の「心柱」はこうした振動を減衰させる「かんぬき」のような働きをするといわれています。
具体的には地震に対して塔は、上下の層がそれぞれ逆の方向へと動くのです。最下部の初層が左なら二層は右、三層は左へと互い違いに波を打つように動き、まるでヘビが身をくねらせる様子と似ていることから「スネークダンス」と呼ばれています。これが塔全体が柔らかくしなる仕組みのです。
また、心柱は長大な振り子として揺れを抑える働きをする。さらに多くの木組み接合部で、滑りや摩擦が揺れを吸収していくのです。
この構造、姿って何かと似てませんか?。まるで、そう何百年も生きている大きな老木のようです。
この五重塔に見られるような建物のゆれをゆれとして受け入れる、認めることは、その揺れによって地震力を吸収させる理論⇒「柔構造」の追求につながってきました。

これは今、先ほど紹介した日本はもちろんのこと、世界の超高層建築に採用されているのです!。
自然の摂理から学んだ伝統的な木造建築の知恵が、今も最先端の建築技術に生かされているなんてなんだか不思議な感じだし、嬉しくなりますね!
。
そもそも木造の仏塔というのは中国大陸から伝わってきましたが、中国ではレンガ塔、韓国では石塔が主流となり、木塔は日本独自の発展を遂げてきました。
力に対して力で無理やり対抗する西欧的思想(技術工学)とは対極にあるこの思想の根流は、本当に日本的なものだと思います。
次回は、より具体的な超高層の事例も交え、さらに追及して行きます!。
それではまた次回まで!。
アジオス!
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- by egisi
- at 12:00


comments
日本の木造建築と地震の話し。
私の生家は、昭和19年の東南海沖地震(マグニチュード8クラス)で倒壊した。
その我が家の建替えでは、主要な柱梁を再利用している。
地震被害で、柱と梁をつないでいる「ホゾ」の部分が欠けてしまう。しかし、柱本体はそのまま残る。
ダメージを受けたホゾ部分を切り取り、新たなホゾを空け、柱梁を組んだ。当然ながら、天井は低くなります。(欄干部分がなくなる。)
木造の柱梁構造は、倒壊しても、部材として再利用できる。地震国日本に合った素材と工法です。
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こんにちは。egisiさんが書かれているように剛構造、柔構造は日本の耐震性を知るキーワードのようですね。日本では1923年の関東大震災後、耐震設計をめぐり、強固な骨組みと壁で対抗する西欧型「剛構造」派と、五重塔のような「柔構造」派との間で「剛柔論争」があったそうです。結局、その当時は技術的制約などから剛構造となり、建物の高さは三十一メートル以下に制限されたという経緯があるそうです。それが、今や「柔構造」を使った超高層建物ですか。何でそうなったのか?興味があります。
地震大国の日本の中で、長い時間かけて淘汰選別されてきた木造建築群には、見習うべき点が多々あると思います。egisiさんが仰られている柔構造もその一つですね。以前何かの書物で読んだのですが、江戸時代までの民家は壊して再生させる時の事まで考えて作られていたようです。
江戸時代までは心柱など、ほんのちょっとだけ柱を切断し、家の適切な箇所に縄をくくりつけ後はみんなで縄を引っ張って家を倒壊させる、という方法もとられていたようですが、予めどの柱を抜いたらキレイに倒壊できるかを考えて作られているので、壊した後も柱や梁はそのまま再利用できていたようです。
今の超高層は壊す時どうするのでしょうね?
アメリカのように爆破させて壊し全部ゴミになるのでしょうか。
ご先祖さんの気持ちになると、現代人ってなんて短絡思考なのだろう、と考えさせるものがあります。
みなさんコメントありがとうございます。
次回の投稿ネタにつながるコメントに感謝です!。
特にnannokiさんの視点は、建物のライフサイクルコストにもつながる総合的視点で、新たな広がりを予感させます。次のヒントにしていくのまたよろしくお願いします!。