2009年04月07日
「自然の摂理から環境を考える」
春ですね~~
先日お花見
に行ってきたんです
最近、寒かったこともあって、まだまだ満開
とまではいかなかったんだけど、
花見気分は存分に味わってきました
でもでも、となりで
「きれ~~
すご~~~い
」
とデジカメでパシャパシャとってる後輩達を尻目に、
「いいにお~~い
わ~~い
おいしそ~~~
」と、食べ物ばかりに目が行く私
「花より団子」ってこういうことを言うのね
と自分の言動に気付きを得た休日でした
さてさて、春といえば、出会いの春
この環境ブログにも、新メンバーが続々(
)登場する予感
さらに、新たな環境で、ひょんなことにこのブログにたどり着いてくれたみなさんに、改めて
「自然の摂理から環境を考える」その理由をお伝えしたいと思います
市場の拡大は、大量の人工物質を生み出して環境を破壊してきました。しかし、それらの人工物質は同時に人類の肉体をも破壊してきました。
さらに市場の拡大によって、闘争の場(職場)と生殖の場(家庭)が分断されてしました
これによって、問題は更に深刻化し、精神破壊にまで及ぶのです
全ての生物集団は、闘争過程と生殖過程を包摂した全的な集団として存在しており、進化してきた生物、また原始時代からずっとそれを踏襲し、闘争と生殖を包摂した全的な集団の中で進化してきた人類にとって、この状況は生物史上かつて無かった、自然の摂理に反する極めて異常な状態
全ての生物は自然外圧に適応して存在しおり、自然外圧によって進化してきました。これは人類も同様であり、この単純そうに見える営みこそが自然の摂理と云えるのではないでしょうか。
この自然の摂理を解明できれば、どの部分までは摂理であるか、あるいは摂理を逸脱しているのかを知ることが出来ます。
また、現在社会のアレルギー等の疾患や環境問題などの諸問題も、突き詰めれば自然の摂理を逸脱しているが故に生じているとも考えられます(適応しているなら問題とはならないはず…)。
従って、自然の摂理を学ぶことで、現代社会の諸問題(諸欠陥)の解決の糸口になるのではないかと考えています
こうやって、ブログを通して一緒に学んでいける仲間が増えていくことを期待しています
- by kawano
- at 21:40

comments
人間以外の生物は、自然に適応しようと変異することはあっても、自然を無理に変えることはしないんですよね。
自分達が適応するのではなく、自然を変えようとすること自体が、自然を否定しているということなんだと思います。
自然の摂理に学ぶって、『自然を肯定視する』っていうことなんですね
春、麗ぁ~ですね☆
今年は、お花見にいけなかったのが、残念。。
>自然の摂理を学ぶことで、現代社会の諸問題(諸欠陥)の解決の糸口になる
自然の中に必ず存在する全てが繋がり、循環する…という「摂理」に乗らないものは、うまくいかないって考えると、すごく現代社会は【個】や【一方通行】が多すぎるように思います。
これからも楽しみにしてます♪