2009年11月27日
健康=元気の素ってなんだろう?その1~共認充足がないと生きてはいけない

みなさん、コンニチワ
健康でいたい。元気っていいよね~
って、思いますよね
では、健康ってどんな状態でしょう?
血圧や血糖値が正常値、脈もいい・・・・そうですね
こんな”身体のイイ”状態を思い浮かべますよね~
でも・・・本当に、この状態が「健康」なんでしょうか?
ブルーマンデー
なんていわれるように、腹痛、頭痛、吐き気、発熱・・・
病院にいっても、検査を繰り返しても・・・どこも異常ない
だけど・・・・とにかく元気がない
治らない・・・・
そんなことって、ありませんか?
じゃぁ、本来の健康ってなんだろう??
続きは・・・
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ありがとうございます
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前述どおり・・どうやら、単純に5体満足を”健康”とは言えないみたいです
逆に・・・・
「みんなと一緒だったら、徹夜してもつかれない
」
「学校や会社に行く前は、熱があったけど・・・みんなとおしゃべりしているうちに、直っちゃった
」
「お母さんに、お腹をさすってもらったら、腹痛がなおった
」
みなさん、こんな経験ありませんか


(いつも元気な子供達・・・・
)
「相手が喜ぶから嬉しい。期待されたら嬉しい。」
という、充足(=共認充足)を活力源にしている人間にとって、このように、心が充たされると、身体の調子もよくなっていきますよね
そこで・・・・改めて、サプリメント
も病院
も、健康グッズ
もメタボ対策
も・・・・
なんにもいらない、人類本来の健康(=元気の素・充足
)について、考えてみたいとおもいます
今日は、こんな記事を紹介します
「共認充足がなければ生きられない」 (るいネットより)日本の「脳型コンピュータ」開発の第一人者で、「愛は脳を活性化する」を持論としている理化学研究所・脳科学研究センターの松本元氏は、次のようなことを述べています。
『ヒトは欲求が充足されると、快な情報として受け取ります。反対に欲求が充足されないと、不快な情報として、受け取り、回避や攻撃といった行動をあらわすようになるわけです。
この欲求は大きく分けると、第一次、第二次、第三次の欲求に分類できます。第一次欲求というのは、個体や種族の維持欲求で、食欲とか性欲、睡眠欲と呼ばれる肉体維持の欲求(肉欲)です。
さらに、私がここで強調したいのは、この肉欲以上に強い第一次欲求(遺伝的欲求)として、「人は自分の存在が他の人から意義深いと思われないと生きることができない」という精神的な欲求(精神欲)をもっているということです。』(日経サイエンス社主催シンポジウム「第2回サイエンティフィックライブ・サピエンス」講演より)高木貞敬著「子育ての大脳生理学」(朝日新聞社)によると、昔、ドイツのフレデリック二世が言語獲得に関する自説の検証のため、赤ちゃんの生理的な欲求は満足させるが、泣いても、話しかけや抱き上げや愛撫などの関係欲求を充足させることは一切しないよう保育係に命じたところ、赤ちゃんは、言葉を出す前に次から次へ亡くなってしまったのだそうです。
「相手の喜び」とは、自分の存在が相手から肯定的に受け止められていることの現れです。それが感じられることが、人間の生存にとって、食欲や睡眠より遥かに重要なのです。だからこそ、自分の喜びとイコールで結ばれるのでしょう。共認充足が人間の命綱であることが、脳科学の見地からも明らかにされようとしています。
彼はこうも述べています。
『「愛する」ことは、脳自身が、脳の設定する目標に対し、ポジティブの関係を持つことである。・・・・「愛する」とは対象に対する自己の同化(関係寄せ)であり、「愛する」回路は「愛される」経験なしには獲得されない。そして「愛する」ことは、「愛される」ことより脳の階層の上位にあるので「愛する」ことは「愛される」ことより感動が大きい。・・・・・・他人を愛することが出来ない人は自分も愛せず、したがって、真に輝くことは難しいだろう。』(雑誌「言語」のエッセイより)
彼の「愛する」という言葉は、佐藤さんの引用した実現論の「応望する」という言葉にそのまま置き換えられるように思います。
このように、人が健康であるためには・・・
いえ、生きていくうえでは、共認充足が何よりも大事なのです
それが得られないと、身体を壊すどころではなく・・・生きていくことさえ困難になっていきます
私の後輩に、
「わたし、採血以外に、注射したことないんですよ~。あ・・・他にもありました。献血です
。」
という元気印のA子ちゃんがいます(笑)
彼女は、社会人になって8年間、なんと
会社を休んだことがありません
彼女は、
「ねぇねぇ、みんな元気
」「なにしてるの
一緒にいれて
」「一緒にゴハン食べませんか
」
いつも自ら、共認充足を求めていっています。そして、それが、みんなに充足を与えています
だから、いつでも充足している・・・だから・・・いつも健やかなんですね
健康と共認充足、深く深く関係しています
と、いうことで、このシリーズで、この健康の源=活力の源である、
共認充足
について、扱っていきたいとおもいます
お楽しみに
- by nisi-miw
- at 20:59


comments
わ~い☆新シリーズの始まりですね♪
健康=自然な状態ていえるのかもしれませんね♪
健康って、つい数値とか風邪をひいてるかどうかとか、その人個人の状態で判断しがち。
でも本当は、なんで健康になりたいかっていったら、常にみんなの役に立てる状態でいたいからなんですよね。
だから、個人でどうこう出来るものじゃなく、みんなとの関係の中で培われていくものなのかなって思います。
健康=共認充足の状態という新たな気付きが、どう深まっていくのか楽しみです♪
うん、うん♪
たしかにぃ~!!
A子さんの例は、本当になるほどです☆+゜
ポイントは、自ら充足を求める=与えることですね!
待ってるだけじゃ物足りない♪
もっと活力ほしいし、もっと元気になりたい(*^^*)b
だったら、自ら動いて“みんな”と関わっていく=応望すること♪ですね。
次回も楽しみにしてますね☆
新シリーズ始まりましたね~☆
>「相手が喜ぶから嬉しい。期待されたら嬉しい。」
この感覚は、誰しもありますよね。
その理由って
>「相手の喜び」とは、自分の存在が相手から肯定的に受け止められていることの現れ。
だったからなんですね!深いです。
共認充足って、互いに共に認め合い、肯定し合っている状態だったんですね。
この記事を読んで、その理解が一段深まりました。
ありがとうございます。
これからも楽しみにしています♪
>病院にいっても、検査を繰り返しても・・・どこも異常ない
だけど・・・・とにかく元気がない 治らない・・・・
こういうの、【不定愁訴】と表現することが多いんですが。。
この【不定愁訴】、自分に拘りすぎている状態なのかも!?って想いました。
共認充足を得られていない、もしくは乏しくなっているから、いつも自己の意識ばかり見てしまって、不調に繋がる。
共認充足を得られていれば、そんな不調も吹き飛んで(気にならなくなって)、めちゃくちゃ元気になるんじゃないかな~って想います♪
この前、健康診断を受けました。
血圧低くて「おかしいな?もう一回計ってみますね。う~んやっぱり低いですね。大丈夫ですよ、ご心配なさらないでね。」って言ってくれたんですけど、
逆に「いや、元気ですから、全然心配してないですよ」って言いたくなりました。
元気そうな相手を目の前にしても、「正常値」じゃないことが、相手の目にフィルターをかけてしまうのかな?
「声をかけてくださるだけで、元気になります♪」
そうやって、伝えてあげたらよかったかな★