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2009年12月30日

環境を考えるには構造認識が不可欠!『潮流2:戦後日本の意識潮流』

さて、今日は、前記事に引き続き、、『市場の起源に遡った歴史的認識』の追求を通して、環境問題、『次代のエネルギー・資源の“パラダイム”』を考えて行きます。

>エネルギー・資源を含めた環境の破壊は、根本的には、この『自然を共認対象から略奪対象へ転換』したことが起因している。

つまり、『共認原理が揺らぎ始めて環境が破戒されてきた』のだ。<

環境破壊の原点は、私権統合の社会になって、自然をも略奪の対象としてきたところにありますが、一方で、それだけでは、今日のような全世界的かつ深刻な環境問題には発展しなかったと思われます。
そこは、やはり、市場経済の拡大を抜きには語れません。市場拡大が、大量生産大量消費の社会構造を作り出したことが、直接的には、環境破壊につながっています。

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 戦後日本についてみると、戦災復興から高度成長、バブル経済ととバブル崩壊、そして、現在の世界的経済危機の中での混乱期へと時代を経て来ました。と同時に、公害問題をはじめとして、環境問題が、拡大してきた時代でもありました。
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http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=213551

『潮流2:戦後日本の意識潮流 』 より引用
              

明治時代、士族の消滅と藩に代わる中央議会制度の成立によって、序列制度は表面上は無くなったが、1800年来培われてきた序列規範は強く残存し続けていた。

その後、市場の拡大につれて、恋愛や小説や新聞が繁殖してゆき、序列規範も少しずつ衰え始める。しかし、国家の体制が変わっても、集団を統合する新たな統合原理は登場せず、官庁や企業では序列制度がそのまま残存し、現在も序列制度はそのまま続いている。
これは、極めて重大な問題である。まやかしの近代思想に染められた識者たちは、この点に触れることを避け、この問題から逃げ続けてきたが、それは彼らの口にする「民主主義」が欺瞞に満ちた騙しであることを端的に示している。経済破局後の新たな時代に向けて、今求められているのは、日々、大半の時間と精力を費やす仕事の場=企業集団を、いかにして序列原理の集団から共認原理の集団に改造してゆくかという、その答えである。(その答えの一例が、自主管理への招待211321です。)

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つまり、国家の体制が変わったり序列規範が衰え始めても、新しい(人類本来の)共認原理で統合された集団は未だ登場せず、序列制度そのものは残り続けている。 「民主主義」と言っても、実態は、序列統合の社会に変わりはなかった。

戦後になると、’50年代、’60年代の理由なき反抗、怒れる若者たちetcの現象が示すように、序列規範が一気に解体されてゆく。
しかし、それは市場拡大を担う消費の主役として期待され持ち上げられてきた若者たちによる農村育ちの親父世代に対する反抗、主要には個人主義etcの都市的思潮による農村的規範への反発であった。つまり、それは農業から工業への生産様式の移行に伴う変化にすぎない(注:一般には、戦後憲法によって前時代的な序列規範は大きく崩れていったように見られているが、憲法は生産様式の移行に伴う変化を加速しただけである。)

戦後は、農村的な序列規範の中からまず、若者が抜け出し、消費の主役(個人)として市場拡大を牽引して行った。

従って、序列規範が衰退しても、貧困が残存している上に、企業には序列制度がそのまま残存しており、身分や私益を追求する私権欠乏は衰えを知らずむしろ強まってゆく。だからこそ、’60年代、’70年代は、自由な性(正確には商品価値の性=自我・私権の性)が花盛りとなったのである。
要するに、戦後も、私権統合の社会であることに何の変わりもなかった。しかし、その間に、恋愛と消費に支えられたマスコミ権力が強固に根を下ろしてゆき、マスコミの共認権力は、資本権力に迫る勢いを示し始める。(注:いつの時代でも、戦争etc激動の時代には国家権力が強くなり、小康・安定の時代には教会etcの共認権力が強くなる。但し、近代以降は、資本権力が国家権力にとって代わって第一権力となっている。戦後も、混乱期は資本権力の方がマスコミ権力より強いが、’50年代・’60年代と社会が安定してゆくにつれて、次第にマスコミ権力が資本権力に拮抗する力を持ち始めてゆく。)

序列制度が残りながらも序列規範はどんどん衰退して行き、私権追求、私権獲得は、誰にでも可能性のある対象となったので、益々、私権追求は強まって行く。そして、その根源に、自我、私権の性、商品価値の性=自由な性=恋愛があり、マスコミが、その恋愛と消費をあおり、それを背景に権力化して来た。それが、市場拡大を加速して来たとも言えます。
こうして見ると、序列制度、序列規範が強い時代は、私権追求できる(旨みを享受できる)のは、一部の人(階級)に限られ、その段階では、市場はそれ程拡大しない。しかし、序列制度を残しながらも序列規範が解体されてゆくと、自由な性に基づく恋愛、消費が加速され、市場が拡大し、更には、それが、環境問題を顕著なものとして来たと言えます。

環境問題の背後に性、男と女の関係があるとは、大きな気づきです。

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 よく考えてみれば、社会や日々の生活を営む上で、本当に必要なものと量は、現在、市場に出回っているものの内何%を占めるでしょうか?相当のものが不要と判断できるのではないでしょうか。 一方で、市場で採算に乗らないという理由で、社会の隅に追いやられて来たものも多いでしょう。

 ここに、戦後の市場拡大と衰退現象を象徴的表すデータがありますので紹介します。

高度成長期には、新三種の神器(3C:カー、クーラー、カラーテレビ)の1つとして、誰もが欲しがった車。戦後日本の経済を牽引してきた柱の1つでもありますが、その国内新車販売台数の推移です。

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データはasahi.comさんからの引用です。
2009年の国内新車販売台数(軽自動車を除く)は前年より約1割少ない290万台程度にとどまり、1971年(291万3千台)以来38年ぶりに300万台を割り込むことが確実になった。


エコカー減税等の政策を打っても、焼け石に水、車販売は、1970年頃の水準に戻ったということです。これは、自動車関連産業に従事している方々にとっては、重大かつ深刻なことでしょうが、一方では、これだけ減っても、車そのもので、困るということはありません。逆に言えば、1970年以降の増分は、社会的には、本当の意味では必要のない部分、言い換えれば、幻想部分。上記の恋愛至上、消費は美徳的価値に支えられていたものです。 特に、若者は、女の子にモテたいから無理してでも車を買ったわけで、そうでなければ、実用的な車を長く大切に使えば良いので、それでは、これだけ、販売台数は伸びなかったでしょう。

また、このことは、今後、新エネルギーを考えてゆくときに、生活水準をどのレベルに設定して行くか(どのレベルなら実現可能か)を考える上でも参考材料になるのではないでしょうか?

では、次回は、1970年豊かさが実現して以降の潮流について詳しく見て行きます。

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comments

>序列制度を残しながらも序列規範が解体されてゆく
とは、どういうことですか?
序列制度はあるけれど、個人主義や個人の自由が広がっていったということ?それが今日のような経済状況や環境破壊に繋がったということですか??

先日、ウチの職場のプチ特権階級の男性たちが「あそこの車は最近モデルチェンジをして、○千万らしい。性能は~で、スタイルは~~。やっぱりよく走って、見た目もいい方が乗ってて気持ちいいよね」と話していました。
必要だから欲しいとか、実用的だからとかが判断基準ではなく、ステイタスが判断基準。
これも幻想価値?

  • ふぇりちゃん 2009年12月30日 23:52

明けましておめでとうございます。ふぇりちゃんコメントありがとう!
序列規範が解体されるということは、結婚相手を選ぶのも自由、どんなものをどれだけ消費しようが自由ということで、歯止めが掛かりません。だから環境破壊にも繋がりますね。
職場の男性達の車の話は、そう、幻想価値の範疇ですね。共認充足が得られないとそちらへ意識が向く傾向にあると思います。

  • naganobu 2010年01月02日 00:03

市場拡大が深刻な環境問題を生んだ事は、多くの人の共通認識の部分だと思いますが、
その市場拡大の背景にマスコミが恋愛と消費を煽った・・というのは面白い論点だと思いました。

>環境問題の背後に性、男と女の関係がある

そういう論点はあまりお目にかかった事がありませんでした。確かに私権追求の大きな部分ですね。

>消費は美徳的価値

に並列させて

>恋愛至上

を不必要な幻想による市場拡大策・・と捉えているのはとてもユニークな視点です。参考になりました。

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