2010年02月02日
『次代を担う、エネルギー・資源』 トリウム原子力発2 核エネルギーを利用した発電システムを概観する2/2
『核エネルギーを利用した発電システムを概観する1/2』の続きです。前回、原子力発電とトリウム溶融塩炉の概要についての記事を書きました。今回は、その概要をイメージしながら、もう少し分解した要素ごとの概要と調査課題の設定についての記事です。
ところで、宇宙は核反応によって、さまざまな物質を生成しながら、姿を変えていくシステムだと考えられます。水素を核融合させてヘリウムを作り出す太陽や、命が尽きてまた他の星の材料に戻る超新星の爆発など、どれも核反応の結果です。
そして、原子炉の中では、このような宇宙での反応の一部を人工的に再現しているともいえます。今回は、この反応がどういうものなのか?を見ていきましょう。
それでは原子炉の中へ
元素の起源
画像はテクマグさんよりお借りしました。
4.原子炉の中ではどんな核反応が起きているのだろう?
ウランを核燃料とする従来の原子炉も、トリウムをウランに変換して核燃料にするトリウム溶融塩炉も、核反応後の生成物に違いはありますが、基本的な反応構造は同じです。そこでまず、従来の原子炉を例にとって説明します。では、どのような核反応が起きているのでしょうか?
☆核燃料の殆どが、反応後に残ってしまう
核分裂を起こすウラン235は自然界における存在量は0.7%程度で、残りの99.3%はウラン238という同じウランの仲間ですが、そのままでは核分裂を起こさない物質です。これらの混在物が、核燃料の原料として採掘、精錬された上で、ウラン235を約3%まで濃縮することではじめて、核燃料として使用できるようになります。
つまり実際に使用するウラン核燃料とは、核分裂を起こしにくいウラン238を97%も含んだものなのです。かつ、質量がエネルギーになるのは大雑把には、3%のウラン235のうち、0.2/235の比率分だけですから、それ以外の物質は殆どが残ってしまいます。
ここでウラン235とウラン238の違いは、この数値の比だけ重さがことなるが、見た目には同じ物質程度に考えてください。これらを同位元素といいますが、この仲間には放射線を出すものが多いのが特徴です。また、放射線は3種類ほどありますが、原子から飛び出して、物質を貫通していく能力があり、場合によっては人体に悪影響を与えることがある、程度に考えておいてください。これらは、改めて詳細に扱います。
☆原子炉の中ではたくさんの副次的な核反応が起きている
原子炉の中で、どういう反応が起こっているのでしょうか?原子炉の中で起っている核反応のうち、ウランが核分裂して他の元素になることは、これが主要な核分裂エネルギー生成過程であるため、よく説明されています。しかし、それ以外の、核反応もかなりあることはあまり知られていません。
これらは、エネルギーを取り出すときの核分裂反応から副次的に起きるもので、必要悪に近いものです。そこでの核反応は、殆どの場合、放射線を発生する元素(放射性同位元素)への変化になります。だから、原子炉内では複雑な反応に伴い各種の放射線を発生させる物質を作り出しているのです。これを核分裂生成物といい、かなりの種類になります。
また、この核分裂生成物は、何千万から何億年という単位で、放射線を出しながら安定していくという特性があります。だから、一瞬の電力のために何億年もの放射線発生源を生成していることになります。この処理が、使用済み核燃料の問題として、社会に取り上げられているのです。原爆で発生する『死の灰』といわれるものは、基本的にはこれと同じです。
☆核兵器の材料プルトニウムも原発から出来る
ウラン型原子炉では、自然界にはほとんど存在しない、放射性元素であるプルトニウムも生成します。この一部は、原子炉内で燃焼してエネルギーとなりますが、殆どは使用済み核燃料として処理されます。そして、このプルトニウムは、ウランより核爆弾の設計に適しているため、軍事利用に転用可能なのです。というよりも、この利用が先にあり原発が推進されてきたという見方も出来ます。
☆トリウム溶融塩炉ではプルトニウムは発生しない
トリウム溶融塩炉では、プルトニウム239の親物質であるウラン238を使用しません。その代わり、トリウム232に核反応を人工的に起こさせて、ウラン233というプルトニウム239にならない物質を利用します。ただし、トリウムからウランへの変換過程には、別のエネルギー投入が必要で、かつ、この技術自体もまだ確立されているとはいえません。
5.トリウムという元素はどのくらいあるのだろう?
トリウムの埋蔵量はウランの3から4倍といわれ、ウランに比べれば遍在しています。残念ながら日本にはありません。また、アメリカでは再調査の結果、従来の発表の6倍ほどあったと報道されています。これで、今のところアメリカが世界一の埋蔵量になります。
この状況では、エネルギー自給という課題は達成できませんが、将来日本が同盟を結べそうな、意識的な共通点がある国に埋蔵されているかどうかの判断も含めて次の課題になります。
6.トリウム原発を巡る世界の動きはどうなんだろう?
現在の原発のもうひとつの目的である核兵器への転用や、膨大な開発投資を回収するという経済的目的が達成途中段階では、トリウム溶融塩炉は意図的に排斥されてきたという側面があったと思われます。また、技術面においても、その当時はまだまだ未成熟な部分があり、それを固体燃料の原子力発電所で蓄積された、運転段階の核反応データを利用しながら解決してきた、というのが実態ではないかと考えています。どの程度実現性があるのかが、今後の調査課題です。
7.原子力発電の安全性はどうなんだろう?
前述のように、膨大なエネルギーを小さな原子力発電所で発生させることから、通常の火力発電所に比べれば、はるかに大きな潜在的危険性を孕んでいます。原理的には、原爆が一瞬のうちに核連鎖反応を起こすのに対して、原子力発電所では、それを何年もかけてゆっくり反応させるだけです。
そのため、固体燃料の原子力発電所は常に暴走の危険が有ります。また、各種の放射線は、原子炉の材料や冷却水まで核反応を起こしたり、漏洩したりする危険性を持っています。
ここで、液体燃料を用いるトリウム溶融塩炉については、核反応に必要な量だけを随時投入するというシシテムなので、暴走の危険性は、既存原子炉より下がるということはいえそうです。ただし、放射線については、固形燃料の場合と同様の問題を孕みます。
このような問題に対して、非常に精密な設計と管理を行うことにより、事故の発生可能性を下げています。その結果、潜在的危険性は高いが、事故発生確率がかなり低く抑えられていて、それらを掛け合わせたリスクは社会的に容認できるというのが原子炉の安全性を保証する論理です。
これについては、日本の技術力はかなり高く、先の論理に依拠する限り、大きく矛盾することは無いのではないかと思います。だだし、現在の意識潮流や今後の社会や経済はどうなるのか?という視点を加えると話は変わります。
それは、この安全性理論が物的生産が絶対善という時代に出来たものであるため、現在に人々の意識からして共認されるかどうかわからないからです。そのためこの論理は再検討する要があると思います。その条件としては、なぜ一般人が原発を嫌だと思うのかという潜在思念の部分まで踏み込こむことだと思います。
また、日本人は、既に消費そのものに充足を感じない意識変化を起こしていることや、二酸化炭素による温暖化理論の破綻などを考慮すると、原発開発の根拠となっている、電力消費量の伸びは逆転する可能性すらあります。これらの状況認識を踏まえ、トリウム原子力発電の可能性を検討していきたいと思います。
ウランを核燃料とする従来の原子炉も、トリウムをウランに変換して核燃料にするトリウム溶融塩炉も、核反応後の生成物に違いはありますが、基本的な反応構造は同じです。そこでまず、従来の原子炉を例にとって説明します。では、どのような核反応が起きているのでしょうか?
☆核燃料の殆どが、反応後に残ってしまう
核分裂を起こすウラン235は自然界における存在量は0.7%程度で、残りの99.3%はウラン238という同じウランの仲間ですが、そのままでは核分裂を起こさない物質です。これらの混在物が、核燃料の原料として採掘、精錬された上で、ウラン235を約3%まで濃縮することではじめて、核燃料として使用できるようになります。
つまり実際に使用するウラン核燃料とは、核分裂を起こしにくいウラン238を97%も含んだものなのです。かつ、質量がエネルギーになるのは大雑把には、3%のウラン235のうち、0.2/235の比率分だけですから、それ以外の物質は殆どが残ってしまいます。
ここでウラン235とウラン238の違いは、この数値の比だけ重さがことなるが、見た目には同じ物質程度に考えてください。これらを同位元素といいますが、この仲間には放射線を出すものが多いのが特徴です。また、放射線は3種類ほどありますが、原子から飛び出して、物質を貫通していく能力があり、場合によっては人体に悪影響を与えることがある、程度に考えておいてください。これらは、改めて詳細に扱います。
☆原子炉の中ではたくさんの副次的な核反応が起きている
原子炉の中で、どういう反応が起こっているのでしょうか?原子炉の中で起っている核反応のうち、ウランが核分裂して他の元素になることは、これが主要な核分裂エネルギー生成過程であるため、よく説明されています。しかし、それ以外の、核反応もかなりあることはあまり知られていません。
これらは、エネルギーを取り出すときの核分裂反応から副次的に起きるもので、必要悪に近いものです。そこでの核反応は、殆どの場合、放射線を発生する元素(放射性同位元素)への変化になります。だから、原子炉内では複雑な反応に伴い各種の放射線を発生させる物質を作り出しているのです。これを核分裂生成物といい、かなりの種類になります。
また、この核分裂生成物は、何千万から何億年という単位で、放射線を出しながら安定していくという特性があります。だから、一瞬の電力のために何億年もの放射線発生源を生成していることになります。この処理が、使用済み核燃料の問題として、社会に取り上げられているのです。原爆で発生する『死の灰』といわれるものは、基本的にはこれと同じです。
☆核兵器の材料プルトニウムも原発から出来る
ウラン型原子炉では、自然界にはほとんど存在しない、放射性元素であるプルトニウムも生成します。この一部は、原子炉内で燃焼してエネルギーとなりますが、殆どは使用済み核燃料として処理されます。そして、このプルトニウムは、ウランより核爆弾の設計に適しているため、軍事利用に転用可能なのです。というよりも、この利用が先にあり原発が推進されてきたという見方も出来ます。
☆トリウム溶融塩炉ではプルトニウムは発生しない
トリウム溶融塩炉では、プルトニウム239の親物質であるウラン238を使用しません。その代わり、トリウム232に核反応を人工的に起こさせて、ウラン233というプルトニウム239にならない物質を利用します。ただし、トリウムからウランへの変換過程には、別のエネルギー投入が必要で、かつ、この技術自体もまだ確立されているとはいえません。
5.トリウムという元素はどのくらいあるのだろう?
トリウムの埋蔵量はウランの3から4倍といわれ、ウランに比べれば遍在しています。残念ながら日本にはありません。また、アメリカでは再調査の結果、従来の発表の6倍ほどあったと報道されています。これで、今のところアメリカが世界一の埋蔵量になります。
この状況では、エネルギー自給という課題は達成できませんが、将来日本が同盟を結べそうな、意識的な共通点がある国に埋蔵されているかどうかの判断も含めて次の課題になります。
6.トリウム原発を巡る世界の動きはどうなんだろう?
現在の原発のもうひとつの目的である核兵器への転用や、膨大な開発投資を回収するという経済的目的が達成途中段階では、トリウム溶融塩炉は意図的に排斥されてきたという側面があったと思われます。また、技術面においても、その当時はまだまだ未成熟な部分があり、それを固体燃料の原子力発電所で蓄積された、運転段階の核反応データを利用しながら解決してきた、というのが実態ではないかと考えています。どの程度実現性があるのかが、今後の調査課題です。
7.原子力発電の安全性はどうなんだろう?
前述のように、膨大なエネルギーを小さな原子力発電所で発生させることから、通常の火力発電所に比べれば、はるかに大きな潜在的危険性を孕んでいます。原理的には、原爆が一瞬のうちに核連鎖反応を起こすのに対して、原子力発電所では、それを何年もかけてゆっくり反応させるだけです。
そのため、固体燃料の原子力発電所は常に暴走の危険が有ります。また、各種の放射線は、原子炉の材料や冷却水まで核反応を起こしたり、漏洩したりする危険性を持っています。
ここで、液体燃料を用いるトリウム溶融塩炉については、核反応に必要な量だけを随時投入するというシシテムなので、暴走の危険性は、既存原子炉より下がるということはいえそうです。ただし、放射線については、固形燃料の場合と同様の問題を孕みます。
このような問題に対して、非常に精密な設計と管理を行うことにより、事故の発生可能性を下げています。その結果、潜在的危険性は高いが、事故発生確率がかなり低く抑えられていて、それらを掛け合わせたリスクは社会的に容認できるというのが原子炉の安全性を保証する論理です。
これについては、日本の技術力はかなり高く、先の論理に依拠する限り、大きく矛盾することは無いのではないかと思います。だだし、現在の意識潮流や今後の社会や経済はどうなるのか?という視点を加えると話は変わります。
それは、この安全性理論が物的生産が絶対善という時代に出来たものであるため、現在に人々の意識からして共認されるかどうかわからないからです。そのためこの論理は再検討する要があると思います。その条件としては、なぜ一般人が原発を嫌だと思うのかという潜在思念の部分まで踏み込こむことだと思います。
また、日本人は、既に消費そのものに充足を感じない意識変化を起こしていることや、二酸化炭素による温暖化理論の破綻などを考慮すると、原発開発の根拠となっている、電力消費量の伸びは逆転する可能性すらあります。これらの状況認識を踏まえ、トリウム原子力発電の可能性を検討していきたいと思います。
- by sinsin
- at 11:45

comments
こんにちは。
どんきちと申します。
毎度、稚拙なコメントで失礼します。
「何故、一般人が原発を嫌だと思うのかという潜在思念に踏み込む必要があるのでは?」という問題提起、検証の必要性をしっかりと認識されている点が、問題を良く把握されているな、と共感しました。
思うに、「リスク」の評価については、専門家程「潜在的リスクは分かっているが、それは技術を高めることによりで制御可能」と思いたがり一生懸命それを立証しようとし、逆に、一般人は「リスク回避の前提条件が本当に実現可能なのか?」と懐疑的になる、という法則が存在する様な気がするんですね。
それは、科学技術分野のみならず例えば金融や、社会科学の分野でも同様にあてはまります。
分かりやすい事例としては、特に、リーマンショックの原因となった、サブプライムローン、CDS等の金融商品の破綻も、やはり、上記本文中でも引用されている専門家の言い分「潜在的危険性は高いが事故発生率はかなり低くおさえられていて、それらを掛け合わせたリスクは社会的に容認できる、だから金融商品の安全性は保証される」という全く同じ論理で用いられ、専門家(御用学者)の御墨つき、格付けによりばらまかれた結果引き起こされたものです。
専門家というのは、特定の課題にはまりこんでしまうと、どうしても「目的遂行絶対志向」にはまり込んでしまう傾向があって、一般人の方が、客観的・冷静に物事や論理性を判断できる場合も多々あるのではないでしょうか?
特に、「原発リスク」という生存にかかわる問題に関しては、仮に、専門家の様に、学術的な説明が十分にできなかったとしても、本能的に危機察知能力というか潜在的な部分での違和感の様なものを察知し、専門家の説明に含まれる、ごまかしや欺瞞性、不自然さ等を感知しているのではないでしょうか?
金融工学が決して、「錬金術」を実現しえなかったと同じ様に、「自然の法則、サイクルにとって無理な力が加わる、あるいは引っ張り出される、かつ、それに要した、膨大なロスやコストは計算外とされ、あたかもつじつまが合っているかのような不自然な解、が絶対化され、思考停止、短絡思考の元に突き進んでいく」様相は、るいネットの別テーマでもあげられている、検察やマスコミなどの権力体、信仰宗教が、何かに取りつかれてヒステリックに集団暴走している姿と重なります。
また、確かに、原発問題には、単に「効率の良いエネルギーを生産する」という目的外に
・建設需要
・雇用
・建設後の各種メンテナンスや消耗品需要
・軍事部品としての保有形態の一手段
としての存在意義・目的が考えられ、それらを考え合わせて、いかに国益に反映させるか、という命題を持つのでしょうから、単純ではない。
ということも、国民は十分理解していると思います。
海外での受注・増産を伸ばすためには、1基数千億の受注額ロットはかなり魅力的です。
(まるで、家電量販店のセールスマンがオーバースペックの型落ち商品をあの手この手で売りつけて、おまけに、メンテナンスとか、保証とか、消耗品とか、オプション商品とか、いろいろくっつけて儲ける商法と同じで、商売という面からみると、大変優秀だと思いますが・・・)
その場合には、「では、海外ならよいのか?」という理念的な問題も出てきますし、国防・外交などの方針にも関係してくる様な気がしますね。
どんきちさんへ
多岐に渡る問題提起ありがとうございます。
原子力の安全性の問題と、サブプライムの対比は、全くその通りですね。
専門家の問題性や、原子力産業を取り巻く諸課題についても、今後連載していきます。
よろしくお願いします。
sinsinさん
いつも大変分かりやすい投稿、ありがとうございます☆
>なぜ一般人が原発を嫌だと思うのかという潜在思念の部分まで踏み込こむこと
ナルホドです。ここの点を追求することで、潜在思念に合致する判断軸を見つけられそうな可能性を感じます!
>現在の原発のもうひとつの目的である核兵器への転用や、膨大な開発投資を回収するという経済的目的が達成途中段階では、トリウム溶融塩炉は意図的に排斥されてきたという側面があったと思われます。
現在の人々の意識潮流と、国家としての方針の間にはものすごいギャップを感じます。そこには「多くの国民が事実構造を掴めていない(難しい、分かったところで変わらないと思わされている)」という問題があります。今回、新エネルギーの可能性を探るに当たって、実に様々な側面から勉強出来そうだなぁと感じています☆
エネルギー問題だけでなく、全ゆる問題について言えますが、人々の意識潮流と技術開発の現状、双方から探っていくことが非常に重要なのだなと思いました。
【「原子力政策学」なるものについて考えてみました。】
毎度どうも。
どんきちです。
上記テーマについて、前回の投稿の後少し、一般に出版されている参考書などを何冊か読んで考えてみました。2回に分けて投稿します。
あまり、枝葉末節を広げても議論が散漫になるだけなので、色々と気がついた論点の中から絞って投稿してみます。
丁度、「一般人がなぜ原発を嫌だと思うのか?という潜在思念の部分まで踏み込むこと」という問題提起に対応しそうな、原発推進に対する合意形成の必要性とマネジメントのあり方を主テーマとして取り上げた、比較的最近出版された本がありましたので、これをベースにしています。
■参考書
「原子力政策学」
京都大学学術出版会(神田啓治、中込良廣)
(概要)現在の、原子力発電の開発、運営の現状と、開発・推進に際しての主にリスク認識に関する民間合意形成が重要であるという前提のもとに、技術面、事業性・リスク評価の手法の一般的考え方の紹介、国内外政治・安全保障面、法規制・リスクマネジメント、保険、賠償制度の概要の紹介等、原子力発電にまつわる周辺事情を網羅的かつ平易に解説されており、まさに「一般人が原子力発電について考えるための共通基盤」を共有するという目的が実現されている良書。
原子力問題を「政策」という視点で捉えたものとしては、出版年の新しさからも、現在の状況と問題意識にリアルタイムにマッチしており、みんなが論じる上でのたたき台とし一読をお勧めします。
さて、早速、本書の概要と、読んでみて気がついたことを率直に取り上げてみます。
1.原子力発電のエネルギー収支、事業性についての問題点について
(本書の立場)
・原子力発電は、エネルギー収支・事業性等、純粋な経済合理性からは説明、成立しえない。
↓
・その上で、収支、事業性評価の成立根拠を説明するために「Co2排出権価格」を収益認識し、利得の底上げをすることにより収支のつじつまを合わせる、という方便をとることによって初めて成立する。ということを、本書でも認めている。
↓
・そして、「排出権価値」の成立根拠としての「温暖化CO2原因説」については、一応それを踏襲している。
(温暖化CO2原因説についての問題点については、るいネット等をはじめ、その根拠には疑義が持ち上がってきていますが、それについてはここでは省略します。ちなみに、本書で取り上げられていた温暖化を示すグラフは、最近データの信憑性について疑義が論じられているものです。)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「排出権」は、実際に取引もされるようになり制度的には容認されているものではありますが、「純粋にエネルギー収支を捉える」という観点からすると、
ⅰ)排出権自体の権利の正当性・普遍性・価値性の正当性
ⅱ)排出権価格(価値)を原子力エネルギーの事業性評価において加味することの妥当性・正当性
ⅲ)排出権価格の算出方法の妥当性・正当性
等の点については、まだまだ基本から深く議論する余地がある様に思われます。
公共的性格を持つインフラ事業の事業性評価に関しては、一般事業の事業性評価、収益性評価とは異なる様々な経済効果・効用価値、リスクを様々な指標や係数で織り込んだ計算・評価方法がありますが(例えば、道路、空港、港湾施設等の公共施設)本書では、詳しい試算手順までは示していませんが、おおまかな考え方として、いったん、上記の様な根拠の上に、リスクの織り込み方については「ベイズ定理」による説明を取り入れています。
一般人的には、この「ベイズ定理」の説明のところが、何となく、「一応リスクの算定方法も説明しておかなければならないので、とりあえず書いた」みたいな、とってつけたような通り一遍の説明のように感じられ(笑)、本当に意味のあるリスクを踏まえた事業評価が可能かどうか、とう点では疑問がわきます。
例えば、一般の建設投資や事業投資の様に、事業期間中のトータルのエネルギーの収支、施設マネジメント、維持、設備・消耗品等の更新コスト等をキャッシュフローベースでおさえた上で、具体的・現実的に起こりうるいくつかのリスクシナリオを想定して「どのリスクがどの程度の損失になるのかを数値的・視覚的に一覧」できる予想LCC(ライフサイクルコスト)を算出してみて、それに、一般的には「環境債務」といわれる環境に与える汚染残存損失・除去コストを加味(廃棄物処理、汚染回復コスト)する、という様に、期中標準収支、コスト、残存リスクを段階的にとらえることができれば、事業に含まれる収支やリスクが立体的にイメージできるのではないでしょうか。
事業期間中のエネルギー収支や、コスト、事故頻度や損失額に関しては、国内外のトラックレコードを比較するだけでも、漠然とした確率論的なリスク算定よりは格段に意味がある様な気がします。
このあたりは、バブル崩壊の誘因となった不動産投融資、証券化商品を中心とした確率論的な金融工学への過度な依存の失敗例があるので、それらの懸念がどうしても残ります。
2.CDM事業との因縁について
原子力事業の採算性評価における排出権は、海外でのCDM事業としての適格性が認められることによって初めて、意義を持つものですが、いまのところ、原子力事業にはCDM事業としての適格性が認められていない。→これまで、やっきになって、排出権価値、CO2削減必要性(温暖化原因説)を浸透させてきた目的、大前提を根底から失うことになってしまっているわけです。
また、CDM事業としての適格性が認められない。ということは、原子力事業を総合的な環境・エネルギー視点で検証した結果、グローバルレベルで「NO」という結論が共通認識された、ということにもなります。
(その2へ続く)
【「原子力政策」なるものについて考えてみました。(その2)】
「輸出規制~目的・効果の対応しない不均衡ルールに日本はいつまで迎合し続けるのか~」
(その1)では、原子力事業そのものの事業性・経済合理性についてとりあげましたが、原子力事業から波及する実質的負担、コストはまだまだ裾野が広いわけです。
核燃料を加工・流通・保有するという事が、核兵器開発に結び付く可能性を持つ以上、核物質の兵器への転用、テロ、不正流通リスク、それらを抑止・対応するためのコストや制度、システムの構築・維持コスト、負担が、官・民・国際関係に及ぶことは避けられず、それら、経済活動全般に及ぶ膨大で広範なリスクと経済的・政治的なコスト、義務、負担のもたらす経済的不利益の深刻さは、あえて数値化するまでもなく、一目瞭然でしょう。
そのひとつが、「輸出管理規制」の問題です。
本書では、「輸出管理規制」の政策的ロジックを次の様に解説しています。
■核兵器を動機づける意思決定要素は、下記の3要素の利益考量により決定づけられる。
「核兵器開発により得られるであろう利益」【B】 - 開発コスト【C】=開発収支
「核兵器開発、保有に生じる不利益」【S】
↓
【B】-【C】>【S】 の時、「開発する利益が上回る=OK」との意思決定がされる。
↓
従って、核開発意思決定を抑止する=上記式を不成立とする条件としては
① 【B】を減らす
② 【C】を増やす
③ 【S】を増やす
の、いずれか3通りとなる。
そのうち、最も現実的で効果的な方策が、「輸出管理規制」により「開発をコスト高とし、ハードルを高くすることにより開発意思決定を阻害する」であり、このロジック・名目の下に各国が参加している。
というものです。
確かに、この説明をされると、一見、正当な目的の下にロジカルに筋の通った方策として、先進工業国が当然負うべき義務、のようにも思えますよね。
ところが、どっこい、この「一見、理路整然としてロジカル」というのがくせもので、国際社会がお人好し日本にあれこれ要求して足かせを押しつけてくるときのいつものパターン、だと思いませんか?
確かに、「開発をコスト高としてハードルを高くし」というところまでは正しそうですが、問題は「その義務、コストを負担すべきは誰か?」ということです。
「義務・コスト負担者」と「開発意思決定者」とが対応していなければ、意味が無いどころか、逆効果が生じてしまいますよね。
現行制度の主な方向性は、例えば、キャッチオール制度では
・規制対象は、輸出国側の一般汎用品まで広範に及ぶ
・許認可等の手続き義務は、輸出者側が負担する
・用途が明確でない汎用品であっても、輸出先における、用途や、核兵器への転用可能性についての審査、注意義務は、輸出者側にある。
の様に、「輸出側」であって、開発意思決定権を持つ「開発者(輸入者)側」ではないのです。
管理・用途把握等負担が増え、義務違反が生じた時にペナルティを課せられるのは「技術供給者側」であって、「開発者側の負担増」⇒「開発意思決定抑止」に結び付くことにはならないのです。
つまり、輸出規制制度のロジック上の目的・効果と、実際運用上における規制対象、義務負担者が対応していないために、かえって開発国を野放しに、技術国に不均衡な足かせを架す逆効果を生じさせ、有名無実化してしまっている、欠陥ルール、といえます。
核不拡散の美名の下に工業生産国のみが一方的・片務的に広範な制約・義務を課せられ、本来の目的を超えて、一般民生品の生産、輸出市場までもが過剰な貿易不均衡ルールを押しつけられ、自由競争阻害を生じさせている、ということなのです。
この、「一見目的正当、実質一方的不均衡、実効性無」というパターンは、過去において金融、不動産業界への外資参入にあたって、「グローバリズム」「コンプライアンス」等の美名のもとに一方的・片務的な情報開示や、過度な取引責任、コンプライアンス手続き等の導入をおしつけられてきたパターンと同じです。
「開発意思抑止」を本当に目的とするのならば、
「開発者(輸入国)側」に負担・義務・ペナルティ・監視・管理を科すのが筋です。
「輸出管理・監視」ではなく「輸入管理・監視」、「輸出側の許認可、審査義務」ではなく「輸入側の許認可、審査義務」、「輸出行為に対するペナルティ」ではなく「輸入国側における不正輸入、不正流通、不正使用・加工に対する厳重なペナルティ」を徹底することが先決なのではないか。
今回は、
・原子力事業には、事業単体としてみた場合のリスク以上に、それ以外の一般分野に与える足かせ要因の規模と影響が大きすぎる。
・その代表例である、輸出管理規制の問題から、グローバル社会と日本の関係における、不均衡ルールの法則が、原子力の分野においても、巧妙に組み込まれていることがうかがえる。
という、主に2点の気づきを投稿させていただきました。
本来ならば、同じ原子力テーマであっても、もっと未来志向なテーマ、例えば「常温核融合」や「レーザー核融合」がどうなっていくのか?などのあたりを追求していきたいのですが、まずは、前提条件をしっかり考えておく必要があると思った次第です。
どんきちさんへ
いつもコメントありがとうございます
>原子力問題を「政策」という視点で捉えたものとしては、出版年の新しさからも、現在の状況と問題意識にリアルタイムにマッチしており、みんなが論じる上でのたたき台とし一読をお勧めします。
わかりました。一度読んでみます。
実は、現在連載中のこのテーマは、自然科学的側面と社会・政治的側面の2面から分析していこうとしています。
自然科学的側面もまだ課題が残っているのでしばらく続きますが、その後政治的側面も扱っていきます。
現在準備中ですが、おそらく安全性問題というのは、現在の国家権力を利用した原発推進体制と表裏一体のものではないかと考えています。
このあたりの視点で、コメントいただけてので大変うれしいです。参考にさせていただきます。
ではまた。
sinsinさん、編集スタッフの皆さん
コメントがついつい長くなってしまいすみません。
当ブログの、緻密な情報と、分析軸にはいつも目が鱗です。
いよいよ「トリウムは本当のところ一体どうなんだ!?」というみんなが知りたい核心部分に突入していくわけですね!
「トリウムはウランとは違って安全。」という前提条件が、
↓
■「どう安全なのか?(どんなリスクがどのように解決されるのか)」
■「本当に安全なのか?(机上の理論だけでなく、実際運用上も実現可能なのか)」
■「経済・産業全体に及ぼす影響も加味して経済合理性に見合うものなのか?」
を「一般市民が新聞記事レベル情報量ですっきりと理解できるレベル」で説明できる水準になれば、実現性が見えてきますね!!
何せ、「タダ!」「お得!」という言葉に弱い一般庶民なものですから、「永久機関」とか「フリーエネルギー」とか「核エネルギ-」とかの「お得なエネルギーネタ」にめっぽう弱いもので、期待が高まる一方で実現は遠い夢の様な・・・。
早いところ、結論が出てほしいですうう。